WAKANA IKEDA

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4月の日記

さまざまな意味において心穏やかでない日々が続いていますが、前月よりだいぶ元気になった。数値は無慈悲だ。

先月は色々な事柄に関してやや思考停止状態にある自分を怖く思っていると書き、実際そういう状態だったし、非常にまいってましたが、やっぱりそれはどうなんだろう。諸問題は今に始まったことではなく根深くいつも側にあったもので、こうして表出したからといってやんや言っても意味がない。すでにおぞましい世の中で生きているんだから、今更何を恐れるのだろうか。他の理由でもっと多くの人が亡くなっている病気や社会問題だってある。

しかし、コロナに関したことだけでなく、こんなことは何十年も前から言われていることなので書くまでもないけれど、社会全体は資本主義の流れに乗ってどんどん複雑化している。複雑すぎて、情報を適切に選択したり、一つ一つの問題に対してしっかりと議論したり思考したり、自分がどう行動するべきかを考えたり、多くの人にとってそのようなことがますます困難になっている。考えさせないようなシステムに囲いこまれているだろう。

社会のスピード感に適応できる思考速度を持った人だけが賢者になり、では適応できない人はどうなるだろう。情報を適切に選択できない、一つ一つの問題に対して議論したり思考できない、自らがどう行動すべきかを考えられない人が仮に居たとして、それ自体が悪なんだろうか。これは社会全体の問題なのではないだろうか。これは誰も責めるべきではない、仕方がない、といっているのとは違います。

あのような国のトップが立っている状態なのも、自分と自分の周りの人との関係性やコミュニケーションの蓄積の結果なのでは。そう考えるより他に、今の状況を理解するのに役立つ理由づけを思いつけない。

パオロ・ジョルダーノ氏はこのテキストの中で”感染症の流行は、考えてみることを自分たちに勧めている”と書いていた。引用なのに一字一句同じではないかもしれない、すみません。どさくさに紛れて、仕方がないからという言い訳で、社会システムに迎合したくない。

何を守り、何を捨て、僕らはどう生きていくべきか。『コロナの時代の僕ら』全文公開【延長決定/4月12日19時まで】

問題はコロナそれ自体ではなく、それを受け止める社会や個々人にある。ウイルス自体が悪意を持って広がっているわけでもないし(発生には諸説あるけれども)、”生命系全体の利他的なツール”ともいえる。これは福岡伸一さんの言葉。

(福岡伸一の動的平衡)ウイルスという存在 生命の進化に不可避的な一部

・現在のこと

基本は家に居て、どうしても外出しなければならないときは自転車のみで移動。電車をやめた。むしろ昼間は暖かいので気持ちいい。私はもとから家で仕事することが多めなのでライフスタイルは大きく変化していないけれど、音楽の仕事は全滅だし、金銭的には悲惨な状態が迫っているので、どうにかしないとと焦ってる。国に補償を求めていくことしかできず、危機感のない議員のコメントを見ると暖簾に腕押しになってしまっているのではないだろうかと心が折れそう。しかし折れた先には経済/肉体の双方向からの死しかない。それで、今声を上げられる具体的な方法論ってSNSに書き込むことや署名、抗議文以外にどのようなことがあるのだろう。

・署名したもの

最近、私は以下などに署名しました。本当は積極的にドネーションなどもしたいところですが、自分自身が金銭的な危機に瀕しているのであまりできていません。

私の夫、赤木俊夫がなぜ自死に追い込まれたのか。有識者によって構成される第三者委員会を立ち上げ、公正中立な調査を実施して下さい!

新型コロナウイルス感染拡大防止のための文化施設閉鎖に向けた助成金交付案

#SaveTheCinema 「ミニシアターを救え!」プロジェクト

・これからのこと

書こうと思ったけど、次回にします。

今書いている最中に地震が来た。結構揺れて怖い